悩んでいるときに、 友達に相談することってあると思う。
でも、
「なんか思ってたより浅いな」って感じること、ない?
もちろん 相手はちゃんと考えてくれてるんだと思う。
でも、 どこか物足りなさを感じてしまう。
そんなとき、ふと思う。
「たぶん、私なら もう少し違う言葉を選ぶと思う。」
「もう少し、 相手の奥にある気持ちまで考えて、 言葉にできる気がする。」
それは、私がひとつのことを何度も考えてしまう性格だからだと思う。
気にしすぎるくらい考えて、 いろんな角度から見てしまう。
だからこそ、 人の悩みに対しても、 少し深いところまで想像できるのかもしれない。
ただ、この「気にしすぎる性格」ってすごく厄介だよね。
「気にしないでおこう」って、 自分に言い聞かせたことは何度もある。
でも結局、気にしてしまう。
たぶんこれは、 頑張って変えられるものじゃないんだと思う。
なんでこんなに気にしてしまうんだろう?せめて原因が知りたい!
そう思わない?
いちばんに思い浮かぶのは、 「嫌われたくないから」
でもこれって、 たぶん私だけじゃなくて、 みんな少なからずそう思ってるよね。
「嫌われたい人なんていない。みんな同じように悩んでる。」
そんな言葉を聞くと、わたしはうんざりする。
私が欲しいのは、そんなありきたりな言葉がけじゃない。
なぜ自分はこんなにも生きづらいのか?
こうなった理由が知りたい。
そう思ってこの記事を書くことにした。
この性格になった原因を過去に遡って探してみると、少しだけ思い当たることがある。
昔、私がまだおとなしい性格だった頃に母や姉に言われた何気ない一言。
「あんたって陰気臭いな」
「なんであんま喋んないのかな」
そういうのが、 ずっとどこかに残っていて、
「今の自分じゃダメなんじゃないか」って 思い続けてるのかもしれない。
特に母は、私の人生の指針とも言えるような存在だったから、
母からの言葉はすごく重く受け止めていたんだと思う。
家族からの否定的な言葉で、
「このままの自分だとダメっぽい」
ってことに気付かされたわたし。
本当はダメじゃなかったはずなのに。
「褒めてもらえるように変わらなきゃ」
そう思って、自分を調整するクセがついた。
”陰気臭い”って言われたから、
明るく愛想のい性格にならないと!って思ったことを今でも覚えてる。
初対面の人にも、”がんばって”愛想よく接してきた。
親戚の集まりでも、”がんばって”明るい子っぽく話してた。
そうやって自分を調整して変化させてきた。
で、母に少し褒められるようになった。嬉しかった。
「陰気臭い子から抜け出せたんだ。」
そう思った。
思えばそれからの私はどこに行っても、
「私ってちゃんとできてるよね?」 「褒められる存在だよね?」
そんなふうに、 確認するクセがついていた。
でも大人になって、会社に入って気付いた。
愛嬌や明るさだけじゃ評価されない世界があることに。
仕事のスキルやスピード、礼儀正しさ、他にもいろんなものが求められる。
でも自分には何が足りていないのか、 正直今もよくわかっていない。
だから私は、 周りの反応を見て判断するようになった。
この行動は正しかった? 今の言い方、大丈夫だった?
そんなふうに、 自分の一挙一動を確認し続けるようになった。
気づけば私は、
仕事をしに行っているんじゃなくて、
「評価されるため」に会社に行っていた。
これがめちゃくちゃ疲れる。
わたしは、常に自分の味方を探している感覚で生きている。
初めて会う人はみんな”敵”からスタートする。
会話の内容や表情、ちょっとした反応を見ては、
「この人、私のことどう思ってるんだろう」
「味方になってくれる人かな」
そんなことを考えている。
そして、 少しでも「気に入られてないかも」と感じた瞬間に、
その人は“強敵”になる。
会うたびに気を遣って、 相手の言葉や態度を気にして、 勝手に疲れてしまう。
本当は相手にとって私は、 大した存在じゃないかもしれないのに。
自分の中で、 人との関係に意味を持たせすぎているのかもしれない。
そうやってまた、
「ハァ、、、今日も仕事疲れた、、、」
になる。
私がサラリーマンを辞めてフリーランスとして働こうと決めたのは、
こういう自分の”気にしいな性格”に合わせてあげるため。
敵か味方か?と頭を悩ませに会社に行くのではなく、
本来自分が持つ得意な能力を十分に発揮できる環境を、自分の手で作ってあげるべきだと思ったから。
正確には、まだパート勤務をしながらライター活動をしているから、
完全にフリーになったわけではないけれど、少し自分の視野が広がった感覚がたしかにある。
それは、”このままの自分でいてもいい場所”を作ってあるからだと思う。
ライターとしての活動をしている時の自分は、”このままの自分でいいよ”って思えるから。
そうやって自分の心に、あったかい休憩場所を作ってあげることで、
毎日をゆるく生きようとしている。
あなたが「気にしすぎてしまう」理由はなんですか?
想像してみてください。
会社のあの人も、上司も、 みーんながあなたのことを好きになってくれたとしたら?
きっと嬉しいですよね。
でも、その先どうしますか?
次に待っているのは、
「その状態を守り続けること」です。
こぼさないように、 壊さないように、 ずっと気を張り続ける。
それって、 人生をかけて守りたいものですか?
気にしいな人ほど、 全部に”ハナマル”をもらおうとする。
だから疲れる。
”可もなく不可もなく”で、 十分じゃないですか。
ただ自分らしく真面目に生きているあなたに、 わざわざ”バツ”をつけてくる人がいるなら、
その人は、 頑張って好かれにいく相手じゃありません。
この性格って、簡単には変わりません。
というか、もしかしたら一生変えられないのかもしれません。
ただ、いつも胸に置いておきたいのは、
あなたが気にしていること。そこに、そんな大きな意味なんてないよ。
てこと。
だってこれからの長い人生で、
ひとつハナマルを失うことにさほど意味なんて無いって
ちょっと考えばわかること。
全部ちゃんとしようとしなくていい。
少しくらい抜けてもいいし、少しくらいうまくいかなくてもいい。
そのまま過ぎていくことも、きっとたくさんある。
いつもたくさん考えすぎるあなたなら、
きっと
それに気づけるはず。

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